ウラジオストク旅行記 と 自己成長キロク

自戒・マインド系の内容から旅の記録まで(笑)最近はウラジオストク旅行記事多めです。

自分で「決める」ということ

三が日もあっという間ですね。

皆さんステキなお正月を

満喫されていますか??

 

さて、今日あるツイートが

ワタシ的にプチバズりました。

 

自分で「決める」と言うことについてです。

皆さんもなかなか自分で決められなかったり、

「自分で決めない」ということを

意識的に or 無意識的に選択されたりしている

のでしょうね。

 

こんなことを思ったのは、今朝ふとしたことが

きっかけでした。

 

今日の家族での外出をどこに行こうかと

話していたとき、娘が海へ行きたいと言ったので

ちょっと調べたのですが、イマイチ決め手がなく

場所を決めかねつつ、何となく他事を。。。

 

その5分後くらいに奥さんが「じゃあ、ここに

行こうか?」と提案してくれまして、私は

「どこでもOKよ〜」と返して決定。

 

娘が行きたいところならどこでもOK!という

肯定的なつもりだったわけですが、

何だかふと、自分で決めないor決められない

虚しさが漂ったんですね。

 

仕事でも悶々としていたことと

通ずるものを感じました。

 

自分の意見が通らない、否定されるような

感覚が2018年は途中から強くなっていて、

気づいたら「自分で決めない」マインドが

でてきていたような気がします。

 

でも、自分の意見が通らない、否定される

というのは、私の受け取り方や臆病さの

問題が大きいと思っています。

 

この「自分で決めない」マインドの発生が

昨年後半のネガティブ思考の強まりの原因に

なっていたと改めて気づきました。

 

もちろん何でも自分の意見を通せば

良いというわけではないのですが、

「どうせ...」といった考えから

「自分で決めない」という考えに

無意識のうちに至り、結果、全てが

コントロールされているようで、

自己肯定感まで失われていたのだと。

 

あと、もう一つ気づいたのが、

「自分で決めない」

 =相手の意見を尊重

 =相手の気持ちを考えている

という風に都合よく捉えていた自分もいたなと。

 

でも、これって自分で決める「責任」を

取らないということなんですよね。

ただ責任逃れしているだけだなとも

思いました。これは優しさでもなんでもない。

 

自分の悶々としていた気持ちは

決めないことによる自己肯定感の欠如

だったのだと思いました。

 

こういう「決めない」って普段から

癖になってしまうなと。

・何を食べるか

・どこへ出かけるか

・何を着るか

そういった普段からの何気ない選択も

すべて「決める」ということ。

気がつくとそういう普段の決めるも

最近かなり他社に委ねている気がしたんです。

 

これはまずいなと思いました。

年初に気づけてよかった。

 

なので、まずは小さなことから、

日頃の何気ない行動から、

自分で「決める」ことをして、

自己肯定感を高めていこうと思います。

 

決めるためには、その理由がいるので、

自ずと考えることにもつながる。

思考停止にもなりません。

 

自分は特に昨年の後半、思考停止に

陥っていたとも言えます。

色々な原因はあるにせよ。

 

皆さんは日頃の何気ないことから

「自分で決める」ということが

できていますか?

 

明日は誰と何をしますか?

どこへ行きますか?

何を食べますか?

それはあなたが望むことですか?

 

 

そんなことを改めて

自分に問うてみるとよいのかもしれません。

 

それでは今日はこの辺で。。。