大企業の管理部門スタッフ経験しかない私が、ベンチャー企業取締役になり、そして独立起業を目指すブログ。

とっても未熟な冴えない男が、日々悩み葛藤しながら、それでも前に進んでいこうとする姿に共感していただけるとうれしいです。

自分にとっての最大の敵は、自分自身

こんばんわ、kira7188です。

 

このブログは、

 ・大企業の管理部門でしか生きてこなかった事業経験のない人間が

 ・タイミングと運を掴んで社内ベンチャー企業の創業メンバーとなり

 ・そして更に独立起業を目指しいてく

そんな成長過程・・・というか、逆に成長の無さを晒すことで、
皆さんに勇気を与え、 現状に悶々としている方 ・ チャレンジしたいが1歩が
踏出せない方 
の背中を後押しすることが出来ればと思っています。

 

今日も最近やっと理解できたことについて書こうかと。

 

<自分にとっての最大の敵は、自分自身>

 非常に良く耳にするフレーズですよね。何度もこういった記事も目にしました。
 でも、本当にそうだなと実感できたのはここ最近です。

 

 なぜ、今までは腹落ちしきれていなかったのか?

 

 それは、やっぱり敵は他人でしょ?(嫌い、ムカつく、邪魔etc)
 という気持ちが拭えていなかったからです。

 

 

<やっぱり敵は他人だ、と思っていた>

 自分の意見を否定する、自分のやることを邪魔してくる、etc...。


 「敵」というのは極端な表現では有りますが、
 自分の行く手を阻むのは、外的要因=他人である、という認識ですね。

 

 ですが、その前提には、「自分は絶対に正しいという思い込み」や、
 「相手に求めすぎている自分」が存在しているかと思うんです。

 

 この辺りは前回のブログや自責のことを書いたブログにも繋がる
 ところかと思いますが、自分のことは棚上げしているんですよね。

kira7188.hatenablog.com

kira7188.hatenablog.com

 


<誰かを敵だと思おうとする自分>

 そして、「敵」を定める=標的を定めることで、
 エネルギーを向ける方向が定まったような気になるから、
 自分自身も楽なんですよね。

 

 これって私だけかもしれないんですが、対決の構図だったり、
 白黒はっきりさせるとか、勝負をつけるとかって、
 結果がはっきりする感じがして分かりやすいから、すごく楽なんです。

 そんな私特有?の思考もあって、「敵」を定めたがる自分がいる気がします。

 

 結局、自分自身と向き合わず、「敵」定めて他責化する方が楽だからなんです。

 

 逆に自分自身の至らぬ部分やイケてない部分に目を向けるのは辛いし、
 そんな自分を変えようことするのは相当大変。無理かもしれないくらい。

 人間、痛みは避けたいですからね。

 

 だから余計に「敵」を他人に定めないと自分の中の辻褄が合わなくなる、
 もう悪循環ですよね。 

 

<ものごとはそもそもシンプル、人はもともと善良>

 でも、目先の利益だけに捉われず、全体最適な視点で考えれば、
 そもそもの利害関係は一致していることが多い。

 例えば、会社でも部署間の対立が凄かったりしますが、
 そもそも会社としては事業を成功させ売上をあげて利益を出し続ける
 ことが共通目標。これは全部署アグリーですよね。

 そもそもはシンプルな話であり、目標としては共通。

 ということは敵なんてものは存在しないはず。

 

 それなのに、自分で勝手に色々な事情を考え込み、抱え込むことで
 ものごとを勝手に複雑に捉えてしまって、そうなるはずのないところで、
 敵対をしている。

 

 ザ・ゴールの通り「ものごとはそもそもシンプル、人はもともと善良」なんです。

 

 

<最大の敵である自分自身とは?>

 以上を踏まえると、私の場合は、ということになるのかもしれませんが、

 

 ついつい自分自身と向き合う事を避け、

 かつ、勝手に色々な事情を考え込み、抱え込むことで

 ものごとを勝手に複雑に捉えてしまう自分

 

 これが「最大の敵である自分自身」という整理です。

 

 何だかすごーく当たり前の事を言っている気がしてきたw
 でもでもでもでも、これって結構たくさんの人に共通することでありながら
 本当に理解出来ている人って相当少ないと思うんですよね。

 

 そんなの当たり前じゃん!って言う人ほど、
 実は理解出来ていなんじゃないかな〜。私がそうだったからw

 

 皆さんはいかがでしょうか?

 

 それでは今日はこの辺で。

 

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

 

 

マンガはやっぱり読みやすいw

ザ・ゴール コミック版

ザ・ゴール コミック版

 

 

 

 

 

 

相手に求めるのではなく、自分が何を与えられるか

おはようございます。kira7188です。

改めてこのブログは、

 ・大企業の管理部門でしか生きてこなかった事業経験のない人間が

 ・タイミングと運を掴んで社内ベンチャー企業の創業メンバーとなり

 ・そして更に独立起業を目指しいてく

そんな成長過程をお伝えするブログです。

成長過程というか、もがきというか、逆に成長の無さを晒すブログかも?笑

 

まぁこんなヤツでも前向いて頑張ってるんだから・・・と思っていただいて、

今の現状に悶々としている方や何かチャレンジしたいが中々1歩踏み出せない方の

背中を後押しすることが出来ればと思っています。

 

今日は、自戒の意味も込めて書くブログです。

ちゃんとgive出来てますか?というお話。

 

<相手に求めるばかりになっていないか。>

 私は感情的な性格もあって、物の言い方とか相手への配慮とか気遣いとかを
 大切にする傾向が強く、親しき仲にも礼儀ありと思っているタイプです。

 これはどんなに仲の良い友人や家族に対しても、そうだと思っています。

 

 話が早速それますが、槇原敬之の昔のアルバム「UNDERWEAR」の1曲目に
 「男はつらいっすねぇ」という曲があって、(コレ↓)

男はつらいっすねぇ

男はつらいっすねぇ

 

 その歌詞で、『だけど大切な言葉 言える人ってもっとかっこいい 「おはよう」
 「こんにちは」「ごめんなさい」「ありがとう」』というフレーズが好きでして。

 

 そんな事もあってか、相手への配慮が無い物言いの人ってスゴく苦手で。
 相手に悪気がないとわかっていても、ついついムカッときちゃうんですね。
 そんなことでいちいち傷ついて怒って・・・ってことを未だにやっている訳で。

 

 つい、「なんで、そんな言い方するかな〜」とか「その言い方は無いでしょ」とか、
 「その言い方は気に入らない」とか、つい最近まで相手に直接言っていたことも
 しばしば。そう言う感情的なケンカ越しのやり方で仕事をすすめる文化の組織に
 長いこと属していたからなんですかね?

 

 でも、自分の物言いが大概な時も多々あって、「変な言い方してしまったな〜」と
 後から反省することもしょっちゅう。
 そんな時は「コレが自分のキャラだから?!」と言って、自分のことはそれで
 片付けてみたり。それなのに相手にはきちんとした言動を求めている。

 

 結局、自分は相手に対してすごい配慮しているかもしれないけれど、
 一方で相手に対してもすごーく「求めている」んだなぁと。

 

 その「求めた」通りに返ってこないから、ムカついている訳なんですね。

 

 

<まず自分は何がgiveできるかを考えているか。>

 で、求めまくりな自分に気づいたところで、一方、自分は何を与えられているか?

 さっき言った配慮?気遣い?それもそうなんでしょうけど。

 

 でもコレは相手の立場に立って何がgive出来るかにはなっていない
 本質的には相手のためにgiveしていないんだなと。
 結局マスターベーションに近いんですよね。

 

 それだけではgiveしているとは到底言えない&足りない。

 

 よく、ビジネス交流会が例に上がりますが、ただ自分の人脈を広げたいだけだと
 さほど盛り上がらず、あまり今後に繋がる人脈は作れない。

 一方、交流会で出会った相手に対して何らかのgive(人脈紹介や仕事依頼etc)が
 出来ると、その結果、相手との関係が出来て人脈が広がる。

 だから自分が何を相手に対してgive出来るかを考えて交流会に参加しろと。
 よく言われますよね。ごもっともだし実際そうだなと。

 

 相手ことをよく聞き、相手の立場になってよく考えてこそ、
 相手が求めるgiveが出来る訳ですね。

 

 

<giveし続ける。見返りは求めない。>

 そして、良いgiveが出来たとして、その見返りを決して求めない

 この本にも書いてあります。「与えた恩は水に流せ。受けた恩は忘れるな。」と。

小さな会社の稼ぐ技術

小さな会社の稼ぐ技術

 

 ついつい見返りは求めたくなるものですし、やっぱり損得勘定はありますからね。
 見返りを求めたくなる気持ち、全くもって否定しません。

 

 でも最近気づいたんですけど、ただ相手が喜んでくれた、ってだけでも
 スゴく嬉しいもんですよ。嬉しくてもっとgiveしようと思える

 まぁ、それでも「相手が喜ぶこと」を求めていることにはなるかもしれませんが。

 

<他人は変えられない。違いを認め合い、尊重し合う。>

 そして、そもそもコレ。当たり前ですけどみんな違うんです。

 

 自分の価値観で「AならばB」と決めつけるから、違う返答が来た時に
 「えっ?!」となるんです。

 

 でも、同じ景色でも見ているところが全然違うように、本を読んでも感想が
 人それぞれ違うように、個々人の感じ方ってホントに全く違うんです。

 

 この点はこの1〜2年でやっと気づきました。想像していた以上に違う!

 同じ言葉・単語1つでも受け取り方が全然違う!!ホントに違う!!!

 

 この「違い」を思った以上に受け入れられていないと思うんですよね。
 私含めてみんな。以心伝心なんてない!・・・とは言い過ぎですが、
 かなり低い確率ですよ。

 自分の言っていることは10のうち2か3伝わっていれば良い方だし、
 逆に相手の言っていることを10理解しているつもりでも、実際は
 0.5〜1くらいしか理解出来ていないです。極端すぎるけど多分みんなそう。
 

 そして、それは大概が「お前は違う・俺が正しい」では片付けられない。

 

 だけど物事を進めるためには何か1つの方向に向かなければならない。

 

 だから話し合ったりするんですけど、まずは互いの違いを認め合い、
 尊重し合うところから入らないと、話がおかしな方向に行っちゃって、
 納得いく結論が出たはずなんだけど、何故か後味悪いみたいな。


 まぁでも、コレは本当に難しい。こうやって書くのは簡単ですけど、
 ホント、ムズカシイ。。。

 

<giveし続ける。見返りは求めない。(念押し!)>

 あっ、いかん!また相手に求め出している!!

 

 相手ことをよく聞き、相手の立場になってよく考えてこそ、
 相手が求めるgiveをし続ける。

 

 与えた恩は水に流せ。受けた恩は忘れるな。

 

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ちょっと時間がなくなって来て尻切れになってしまいました。

ここ2〜3日の自分の思考の整理&自戒のブログです。

 

いつもこんなことばっかり考えている

しょうもないヤツということでw

 

では今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

 

起業家のように企業で働く

こんばんは。kira7188です。
 
今日は何となく本の紹介を。
 
本は元々は全く読むタチではなかったのですが、
30歳前後からですかね、やっぱり自分ちょっと
馬鹿すぎるなと思って(遅い)、ちょくちょく本を読み出しました。
 
ここ1〜2年は勉強したい意欲が今更ながら出まくっていて、
毎月1〜2冊は読むようにしています。
 
今、企業内起業的なことをやらせていただいていて、
非常にありがたい訳ですが、そんな「起業」というキーワードが
自分の中に浮かび出した時に手にした本がこちらです。 
起業家のように企業で働く

起業家のように企業で働く

 

 

漠然と「起業」に意識がいったところで、色々なハードルがある訳です。
というか、サラリーマンやってきて、結婚して、家買って、なんていう
よくある既定路線をしっかり歩んじゃってきた私のような30過ぎの男子は、
起業に対して色々なハードルを自分で作ってしまっている訳ですね。
しっかりと抜け出せないラットレースに入り込んでいる訳です。
 
(こんな言い方するのは、最近Voicyでサウザーさんのラジオ聴いて、
 金持ち父さん貧乏父さんを読んでるからなんですが 笑)
 
ぶっちゃけ起業は難しいなーと思っちゃいました。お金もないしスキルもない。
でも、企業の人間でずーっと使われる身ってのも楽しくないなー、
出世していくのもどこかで限界があってちょっと馬鹿らしいなー、
なんて思っていました。
 
そんなモチベーションになっていた時に本屋でふと手にとったのが、
「起業家のように企業で働く」でした。
 
え、そんな働き方できるんか?!と。
 
ワタシ的な超ざっくりとしたこの本の解釈によると、
 
「まぁ、組織の歯車であることを嘆いてばかりいないと、
 会社のリソース(ワタシはその大半はお金と理解)で使えるものは
 がっつり活用してスキルや経験をたくさん身につけていけば、
 かなり有意義なんじゃない?その先に起業のチャンスも見えるかも?」
 
ということでした。(かなりざっくりだと思いますのでご容赦を)
 
誤解を恐れず言いますが、確かに会社のリソース(=お金)を使って
色んなところに行って、色んな人と会って、色んなことを学び経験し、
自分のモノにする事が出来れば、それはとても有意義
 
もちろんちゃんと仕事として、という事ですよ。
信用してもらえないでしょうが。
 
でもね、結局やっぱりやったもの勝ち・経験したもの勝ち・手あげたもの勝ち
というところはなんだかんだであるんだと思うんですよね。
 
いきなり大胆に起業に踏み出すことも当時の自分では出来なかった訳で。
でもそんな中で「起業家のように企業で働く」ってのは自分にとって
都合が良かったんですよね。フレーズ的にもw
 
私のこの軟弱な考えが良かったかは別として、結果、今、
偶然も多々重なっていますが、実際の「起業」に以前よりは近づけた訳です。
結果論ですけどね。でも思考は現実化するとも言いますし。
 
 
もちろん様々な組織において、そんな考えでは「出る杭は打たれる」的な
ところもあるとは思います。
 
実際、私も「起業家のように企業で働くぜー」と言ってやっていた矢先に
異動により超閉鎖的部署に入り、そんなことを言ってられない環境に
一瞬で追い込まれました。そりゃ、あの環境の中じゃ何も言えないっすよ。
 
で、どうしたか。潔く逃げ出しました。僕にはココは無理ですと言って。
ココで耐え続けるというか勝ち続ける意味が無いというか、自分には
その根性がないなーと潔く認めてしまいました。そしてココでフルに使う
パワーをもっと違うことに使いたいとも思いました。そして結局転職。
 
潔く逃げて正解だったなと思っています、私は。(これも結果論?)
 
 
この本のレビューにも書かれていますが、この本を「社畜のススメ」と
評価している方もいました。必ずしもそうではないと思いますが、
今、会社員だが、いつか本当に起業しようと思っている人には、
「起業家のように企業で働く」のはダメなのかもしれないですね。
 
「起業家のように企業で働く」→ 評価される → 出世する 
→ ますます会社から出られなくなる(責任・収入アップ)
というループに陥りそうですから。
 
だからこの本を読んで、「その先に起業のチャンスが見えるかも?」
と解釈した部分は少し間違いだったのかな???
 
そう考えると辞めるべくして辞めてるって感じですね、私。
 
ちょっと色々あちこちに話が飛びましたが、
私の場合、「起業」の方に特に意識がむいているので、
そんな考え方をするのであって、この本も組織の中でポジティブに
イキイキと働くマインドを与えてくれる素晴らしい本であることは
間違いないと思います。
 
少なくとも私はこの本のおかげで今があると思っていますので。
 
 
まぁでも私も企業内起業である以上、「勤め人」であることには
まだ変わりありませんが。
 
(最近サウザーさんのラジオ聴きまくっているので、このような表現に
 なっておりますw)
 
すみません、今日の文章はめちゃくちゃだ。今日はこの辺で。。。

「貢献したい気持ち」は本当に相手に向いているか?

どうもこんばんは。kira1788です。
 
前回のブログは私のメンターとのメンタリングの中での気づきについて整理し書きました。
 
前回の記事はコチラ↓↓↓↓ 
メンタリングの中でもう1つ整理しておきたいことがありましたので、今日はそのことについて書きます。
 
共感についてメンターと話していたときに、
「なぜ今自分たちがやろうとしていることに共感してくれる人が(多分たくさん)いるんだろう?」
という事を話したんです。
 
サービスも最近やっと形になってきたところ。
他より先んじている部分はあるかもしれない(今のところ)。
だけど凄い差別化や技術的革新があるわけでもない。
その人たちにとってどれほどのメリットになるかわからない。
だけども凄く協力してくれて私たち長い話にも延々と付き合ってくれる。
多分、嫌々ではなく、純粋に協力してくれている。(多分ねw)
 
まぁ、まだそんな状況なんです。
本当にあると言えるのは私たちの行動力と想いくらい。
 
 
メンターが教えてくれたのは、
私たちの「貢献したい気持ち」や「役に立ちたい気持ち」が
本当に他者に向いているから、相手がその気持ちに共感するのだと。
 
要するに、自己実現欲求が他者(自分の外側)に向いているときは、
その欲求は周囲の共感を呼ぶと。
 
一方で、自己実現欲求が自分(自分の内側)に向いているときは、
周囲の反感を買うと。
 
自分の内側というのは、誤解を恐れず言うと、いわゆる保身や私利私欲というところでしょうか。
 
私たちの「役に立ちたい」と言う純粋な気持ちが相手の共感を呼び、
相手も私たちの「役に立とう」と協力してくれるという構図だ、ということのようです。
 
確かに今やっている事は、新たなサービスを立ち上げるべく、
常にお客様のところに行き対面で色々なお話を伺っています。
新たなサービスについてのことはもちろんのこと、
時にはプライベートなことも話していただいたり。
 
こんなにダイレクトにお客様の反応が返ってきて、
喜んでもらえれば純粋にすっごく嬉しくて、
もっとたくさん喜んでもらいたい、もっと多くの人に喜んでもらいたい、
純粋にそんな気持ちが積み上がっての今です。
 
もちろんこのビジネスで成功して・・・なんて気持ちないわけではないので
自分の内側に向く欲求を全くもって否定しません。本当に。
 
でも、純粋に目の前の人に喜んでもらいたい、その一心で
もっと良い事を、良い方法で、と走ってきていると言う感じでしょうか。
 
もちろんビジネスなので、それだけではダメだとは思います。
お金を払ってもらって初めて成り立つ。
 
いわゆる社会人生活を約10年ちょいやってきて、
今ほど「人の役に立つ」と言う事を真剣に考えて行動していることはないと思います。
 
今までは「相手のために」と言うよりは、「自分のポジション」とか「立ち位置」とか「存在」とか、
「ここに私あり!」を示すために仕事やってたことが実は多かった。
 
これは私が今まで管理部門の経験が長くて、「お前の仕事、やる意味あるの?」なんて言われたことが
コンプレックスになっていた、ということもあったからなんですが。
 
まぁ、今は転職もして、そこから仕事も変わり、ひょんなことから凄く良いチャレンジできる環境を
もらうことができて、だからこそ純粋に「人の役に立つ」ことだけに専念できるわけなんですけどね。
 
でも、もっと言えば、今までの私の管理部門の仕事が人の役に立っていなかったか?と言うと
決してそんなことはないんです。
 
人の役に立っていたんだけど、それに気づけていなかったんです。
 
大きい組織の中にいると、保身とか自分の存在意義を示すだとか
社内政治をこなす上での仕事になってしまって自己実現欲求が
自分の内側に向かざるを得ないんですね。
 
だから、実はちゃんと人に役には立っているのに、そこに目がいかず、
自分のことばかり考えて自分のために仕事をしているなー、
と思っていた矢先に、よくわかっていないヤツが表面的な部分だけを見て、
「お前の仕事、やる意味あんの?」なんて言われて過剰に反応してしまう、
と言うことになってしまうわけです。
 
でも、考え方を変えれば、大きい組織の方がインパクトのでかい貢献がホントはできるかもしれないですよね。
管理部門の仕事だって大きい組織であれば何千人・何万人もの人の役に立つことだってできる。
 
 
どこで、何をするにしても、「貢献したい気持ち」が本当に相手に向いているか?
 
結局はソレなんだなと。
 
 
純粋に、ただ、人の役に立つ。
 
 
これが、当面の私の人生の目標です。
それさえ考えていれば後から全てがついてくる。
 
 
今日も抽象的な長文すみません。。。今日はこの辺で。
 

共感があるから成り立つ

こんばんわ。kira7188です。

 

今日は私のメンターとの月1回の大切なメンタリングの日でした。

このメンタリングは私にとって本当に命綱でして、これがあるからやってこられているのは間違いないです。メンター様、いつも長々と私のたわいの無い話を聞いてくださり、本当にありがとうございますm(_ _)m

 

そんな今日のメンタリングで改めて学んだことを整理する意味でブログを書きたい思います。

 

 

最近、「共感」というものについてよく考えています。

今の世の中、この「共感」で全てが動くと言っても言い過ぎではないと思っています。

(私がブログを始めたのも、この「共感」について考え出したことがきっかけです。)

 

今日改めて認識したのは、「正しいことを、正しく言っても、その前提に共感がなければ、結局正しくは伝わらない」ということ。

 

今、あるプロダクトをチームで作っているのですが、そこにはやっぱり発注者・受注者の立場や契約など、利害関係的なものも当然ながらある訳です。

 

やることはきちんとやってもらわないといけない。発注内容に相当するアウトプットを出してもらわなければならない。チームと言えど、お互いビジネスである以上、そういう側面もやっぱりある訳で。

 

でもアウトプットがうまく出てこない原因は様々あって、その1つには間違いないく発注側(ここでは私たち)の落ち度もあるんです。あと今回のケースで言えば、明らかにお互いそもそもリソース不足。これはお互い承知の上。そこを「まぁ何とかお互いうまくやっていきましょう」でスタートしている訳です。お互いスタートアップですし。

 

だけど、顧客のニーズを満たすためには妥協は出来ないし。

 

そんなことを考えて堂々巡りになっていた訳です。

 

A.「顧客が喜ぶプロダクトを作る。そのために何をすべきかだけを考えれば良い。」

そうなんです。正論なんです。なんだけど、それだけでは片付かない疲弊感やしんどさが見えてきている。ならば、その疲弊やしんどさの原因を解決すれば良い、とは言うけど、どうやって解決するのよ?このチームでこの現場を今を乗り切るためにどうするかを考える必要もあるんじゃないか?

 

B.「チームの状況を踏まえた上で、今できるベストなプロダクトを作る。」

それって要は妥協でしょう。顧客のことを第一に考えてないよね?そんなプロダクト誰が喜ぶのよ?でも顧客が喜ぶプロダクトかは、顧客に聞いてみないと分からないよね?あくまで自分たちの仮設段階だし。やりながら改善していくことも重要でしょうよ。そもそもチームで作っているんだから、チームの皆が良いモチベーションで取り組むことが出来なければ良いプロダクトなんて出来ないでしょうよ。

 

そんな2つの考えで葛藤していたのですが、メンターが与えてくれた気づきは、

そもそも何故、お互いリソース不足などを承知の上、「まぁ何とかお互いうまくやっていきましょうよ」でスタートしているか。

 

これは私たちのケース独特のものかもしれませんが、このプロダクトやビジネスに対する「共感」が皆にあったからです。新しいビジネス・サービスを作って、新たな価値提供をしたい、貢献したい、そこに関わりたい。そんな想いを皆が持てた(だろう)からこのチームでやろうということになったんだと思うんです。

 

実際にこのチームでスタートする前に、別のチーム構成でスタートしかけていたのですが、スタート直前で破談となりました。コスト的な話ももちろんあったのですが、それ以上にやっぱり「共感」が全くなく信頼関係が築けないと言うのが決定的でした。

 

今のチームには「共感」からくる信頼関係がある訳なんです。(多分w)

 

自分は感情が先行しがちなタイプなこともあって、正論で言われても何だか納得しきれない自分の考えが甘いのだろうか、などと悶々と考えていましたが、そう言う訳でもないんだなと思うことができました。正論は正論でもちろん正しいんだけど、そこにはやっぱり「共感」があって、そしてその「共感」は人間の感情からくるものであると。

 

そのような気づきをもらった上で、上記AとBどちらが正しいかと言うと、

両方とも正しいとwwwww

 

「共感」があることを前提に、顧客が喜ぶプロダクトをために何をすべきかだけを考える。チームに疲弊感やしんどさが出てきたときは、その「共感」が揺るがぬようフォローしあう。

 

繋げて言っているだけのようにも見えますが・・・。

 

でも、この「共感」が前提にあることを忘れないようにすることが大切なんじゃないかなと思いました。

 

全く違う価値観や考え方を持った人同士が、何故1つのことに一緒に取り組めるのか、そこには「共感」できるミッションがあるから。それ以外何もないんです。でもそれさえあればいいんです。この絶妙(微妙!?)な関係が良いらしいですw

 

何だか意味深で、今日も抽象的極まりないブログですが、今日はこの辺で。

 

今日のブログの内容的にはこの本がドンピシャっぽいんだけど、

ロジックだけでは思いは伝わらない! 「共感」で人を動かす話し方

ロジックだけでは思いは伝わらない! 「共感」で人を動かす話し方

 

 

自分はこっちを読もうかな。自分に足りないのはこっちなのでw

論理的思考力を鍛える33の思考実験

論理的思考力を鍛える33の思考実験

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も中々「辞める」のが下手なタチでして

こんばんは。kira7188です。

 

ツイッターで「辞める練習」とか「辞める勇気」というようなワードが話題に上がっているようで。

 

私も中々「辞める」という事は下手ですね。まだまだ罪悪感強く感じちゃう自分を否定出来ないですね。

小さい頃によく親に「アンタは根気がない」とか「諦めが早い」とか「根性ない」とかよく言われていたせいでしょうか。気がついたら「何事もやりきる事に意義がある!」みたいな考えがこびりついてました。コンプレックスからきているものは中々拭い去れないっすね。

 

そんな初志貫徹を志していた私が、その方針を大きく変えたのが、前の会社を辞めた時。新卒から約9年ほど勤めたのですが、最後一年くらいで急遽方針転換し、辞めて転職しましたw

 

決してブラックという程の会社ではなく、いわば大企業だったんですけど、運悪く閉鎖的な職場に異動した途端、これは違うなと。ここでこの先ずっとやっていくのは魂を会社に売るみたいなもんだなと。そしたらあれよあれよと言う間に心は病み、腐っていきました。でもその会社のメインストリームな価値観がこれなのだと言う事にもようやく気づきました。(遅い)

 

諦めて心を無にして会社生活の余生を過ごすにはまだ早すぎる、というか先が長すぎて無理。

 

この価値観にそえない以上、自分はこの会社に居られないなと思い、潔く辞めました。まぁ転職先が運良く決まったというのはあるんだけど。

 

別に前の会社が悪いという事ではなく、自分の価値観が変化していって、結果的にその会社に居られなくなっただけです。

 

当時からぼんやり起業のような事に意識が行きだしていました。当時そんなチャンス全くなかったのに、「社長になりました」って紙に書いて冷蔵庫に貼って毎日ぼんやりと見てました。目標を達成したように書いて常に見続ける事で、ホントにその目標達成するにはどうしたら良いか無意識に考えるやつですね。

 

色々な事を学び経験して行く中で、自分自身が予想している以上に変化していくものなんだなと、その時感じました。自分でも思ってもみなかった考え方をしだしている、と。

 

うなっちゃったら、もう初志貫徹もクソもないなーと。その新たな考えに少しでも沿った生き方に変えていかないとダメだなーと。そして今後も世の中が変化していくように、自分の価値観もどんどん変わっていくんだなーと。そうなった時に何かを「辞める」ってのは普通なんだなと。そんな事を30歳過ぎてやっと気付きました。笑

 

変わる事を恐れる自分を辞めた、という感じですかね。

 

まぁでも、人に対して「お前、前と言ってた事ちゃうやんか!」って怒ってることがしばしばあるので、まだまだですけどw

 

辞めても案外、何とかなりますから。私がそうなように。気づいてしまった自分の価値観をねじ曲げて何とか生き抜く方が絶対に危険だと思っています。

 

では、今日はこの辺で。

 

 

 

どこまでも自責でいけるか

こんばんわ。kira7188です。

 

自分の書いた記事を読み返しては、内容の抽象的さ加減や文章の下手さ加減に
ため息をついております。

 

kira7188.hatenablog.com

 

 

kira7188.hatenablog.com

 

さてさて、改めましてこのブログは、

 

  • 大企業の管理部門でしか生きてこなかった事業経験のない人間が

  • タイミングと運を掴んで社内ベンチャー企業の創業メンバーとなり

  • そして更に独立起業を目指しいてく

 

そんな成長過程をお伝えするブログです。

 

大企業で新規事業系に携わる方に比較的共感頂ける内容をお届け出来るのかなと思っております。

 

そんな大企業に多いのが「他責」ですよね。まぁしょうがないんですけど。

 

大きな組織で色々な事情が渦巻くなか、何をやるにしても一筋縄にはいかない。

 

「出来ない理由」はたくさんありますから。
色々な理由付けをして、自分も被害者なのだと訴え自分を守る。実際に被害者なときも多々あるんですw

 

そして、他責って楽なんです。決めてもらえるから。決められた事については考えなくていいし。何でもかんでも自分のコントロール外だからしょうがないと言えばいいわけだし。(もちろんどう頑張ったってコントロール出来ない事もあるので、それには捉われる必要はないのですが。)

 

でも、この他責を繰り返していると、ホントに無気力になっていくんです。どんどん自分で考える事をやめて、どんどん思考力が奪われていって、気がついたら何も考えられないし決められない人間になっている。

 

転職する前の自分は異動した事によって、わずか1年足らずでそんな状況に追い込まれました。このまま自分は何も考えない労働マシーンになろうか、魂を売って無で働こうか、そう思っていた時に、何とか有り難い話が舞い込んできて、抜け出す事が出来ました。

 

話がそれましたが、やっぱり他責って結局楽なんだと思うんです。

 

やっぱり自分のやりたいことや想いを成し遂げるためには、辛いけどどこまでも自責でいけるかなのだと思います。理不尽な事ばかりですが、それでも自責で行かなければならないのだと思います。自責で考えなくてもいいって時でも自責で考え続けるくらいな感じですかね。

 

結局大きな変化を起こす時、たくさんの人を動かさねばならない時、自分は悪くないのに何で。。。と思う時ほど徹底的に自責を貫く。

 

私の経験上、自責を貫くことによって、自分がやれることに集中できるというか、自分のコントロール外のことには意識が行かなくなるというか、余分なことを考えなくなるきがするんですよね。邪念が無くなるとでも言うのでしょうか。だから辛い時ほど自責で考え、シンプルに何ができるかを考え、そのことに集中することを心がけています。

 

まぁ、こうやって言うのは簡単ですが、自分自身もそう出来ていない時ばかりです。

 

精進しましょう、お互いw