自分を突き動かす原動力は何なのか
こんばんわ。kira7188です。
このブログは、いわゆる普通のサラリーマンが
企業内起業家として社内ベンチャー立ち上げに携わり、
そしてゆくゆくは独立起業を目指す。
その過程をお伝えするブログです。
その成長過程・・・むしろ成長の無さを晒すことで、
現状に悶々としている方 ・ チャレンジしたいが1歩が踏出せない方の
背中を後押しすることが出来ればと思っています。
先日、とあるところで現在取り組んでいる企業内起業の経緯や、
その過程での苦労・葛藤などをお話しさせていただく機会があり、
このブログで書いているようなことをお話させていただきました。
特にウケが良かったのは以下の2つの記事の内容だったようで。
この辺りは特に、よくよく考えれば至極当然のことではあるのですが、
中々気づかない、忘れてしまっていることのようですね。もちろん私もそうです。
そんな中で、印象に残った質問が
「これほどまでに自分を突き動かす原動力は何なのか?」
というものでした。
<自分自身、いつも辿り着く質問>
私自身も明確な回答を整理しきれていないのが正直なところです。
この回答を探して自問自答し続けている、という感じですかね。
私自身、よく悩み、葛藤しすぎるタチなので、自問自答はしょっちゅうですねw
今やらせてもらっている環境はとても恵まれているし、勉強になっているし。
だけど、やっぱり色々苦労・困難・不安・葛藤・悩みもある訳です。
甘ちゃんな私ですが、私なりにやっぱり人生かけてやっているので。
そして、ふと思うんです。
何故、そうまでしてやっているのか。
別にもっと楽な道でやったって良いじゃないか。
もう少し整えて言うと、
「何のためにやっているのか?」「誰のためにやっているのか?」
となるわけです。
<自問自答し続け、「実はこうだったのか」と気づく>
大体自分の場合は、結局、「誰に」「何をしたくて」やっているのか?
と言う質問に落ち着きます。
この自問自答で最近気づいたことがあります。
私の場合、以前は「私自身のために」と言う部分が非常に強いと思っていました。
しかし、実は「家族(妻・子供)のために」と言う部分が実は非常に自分を
突き動かしている原動力になっていることに回り回って気づきました。
もちろん、自分が生きた証を残したい、爪痕を残したい、歴史に名を刻みたい、
そういった自分中心の想いも強くあります。
ただ、最近気づいたのが、自分の家族、特に子供に「自分の生き様を見せたい」
ということが強い原動力になっているなと言うこと。
自分が、親として、夫として、何を与えられるか?
そんなことを考えた時に、もちろんお金や生活環境なども必要なのですが、
それらを与えることに一生懸命になっても、そのレベルは所詮限られている。
じゃあ、ちょっと視点を変えて、子供にはどんな風に生きて欲しいか、と考えると
「この変化の激しい時代を、楽しく攻めて大胆に生きていって欲しい」
そんな想いが漠然とですが強くあって、すると自分が子供に与えられることって、
「そういう生き方を教える」と言うことになるなと。
私の場合、それを教えるには「自分がやってみせる」しかないと思った訳です。
子供はやっぱり親をみて育つので、色々なマインドは親の影響を絶対受ける。
私自身が、常に何かを恐れて生きて、守りに入る、または、逃げ切るような
生き方をしていては、後世に残すものが何もない気がしたんですよね。
なんだか話がそれた気もしてきましたが。。。
ただ、この「子供に自分の生き様を見せたい」と言うことが強い原動力に
なっているというのは、自問自答し続けて最近気づいたことです。
今まで、「子供のために」とか「家族のために」というのは、
自分のイメージでは何だか「自分を犠牲にして」というニュアンスを
強く持っていて、なんだか凄くネガティブな印象だったんですが、
実は自分も「子供のために」とか「家族のために」ということが、
強い原動力になっているんだなと、今更ながらに気づきました。
あ、私の場合「自分を犠牲にして」ではないですがw
<絶えず、何度も何度も、自分に問い続ける>
以上の自分の例からも、自分の原動力とは何か、ということは
何度も何度も自分に問い続ける必要があると思っています。
自分の価値観も変わっていく訳なので、原動力となるものも
少しずつ変わっていく可能性もあるし。
そして何度も問い続けることで、余計なものが削ぎ落とされ、
本当に自分が心の底からやりたいと思っていることに気づくというか、
辿り着けるのだと思います。
やっぱり自分自身には嘘はつけないですからね。
ちょっと今日は特にまとまりがないなー(汗)
今日はこの辺で。。。